DULCE DE LECHE
ドゥルセ・デ・レーチェ

「ドゥルセ・デ・レーチェ(DULCE DE LECHE)」は、「SWEET OF MILK (ミルクのお菓子)」に当たるスペイン語で、ミルクをキャラメル化するまで煮詰めたものです。南米ではポピュラーな嗜好品で、パンやクラッカーなどにつけたり、お菓子に使用したり、と日常的に消費されています。

最近の日本ではアイスクリームのフレーバーとしても人気で、これはもともとアルゼンチン市場向けに開発されたものでしたが、米国でも大ヒットし、ニューヨークタイムズ誌・ビジネスウィーク誌などに取り上げられました。

<歴史>

ドゥルセ・デ・レーチェ(Dulce de Leche)の起こりに関しては、諸説様々あるところですが、ここでは最も一般的に言われているものをご紹介します。

それは、1829年7月17日の朝のこと、首都ブエノス・アイレスから65km 離れたカニュエラス(Cañuelas)での出来事。フアン・ラバージェ(Juan Lavalle) 将軍とフアン・マヌエル・デ・ロサス (Juan Manuel de Rosas) は終わりの見えない派閥闘争に終止符を打とうと、協定合意の為に会うことになりました。ラバージェ将軍がロサスのキャンプ地に着いた時、ロサスは外出から戻っていませんでした。そこで、ラバージェ将軍は親族でもあり政敵でもある彼のベッドに横になり、そうしていつしか深く眠ってしまいました。その時ちょうどロサスの部屋の脇にいた召使は、ご主人様がマテ茶に入れて飲むレチャーダ(lecheda、牛乳に砂糖を加えたもの)を弱い火にかけて温めていましたが、ご主人様のベッドに横たわる無礼な敵を見て驚き、急いでその男をベッドからどけようと、見張りにこのことを知らせに走りました。その間、レチャーダはずっと火にかけられたままで、ぐつぐつと煮立ったままゆっくりと少しずつ焦げていきました。一方でキャンプの人々がわいわいと騒いでいるその時、ロサスがちょうど帰ってきました。そしてその様子を見ると、怒る代わりに疲れているであろうと戦士を休ませておくよう命じました。翌朝になってラバージェが目覚めてみると、レチャーダは既に茶色いどろどろのクリームのようになっているのを発見しました。それを誰が最初に試してみたのかは分かりません。レチャーダとしては失敗作です。が、とにかく食べてみたらとてもまろやかで美味しいものでした。これがドゥルセ・デ・レーチェの最初です。

このお話は、双方の将軍が「レチャーダの失敗作」を仲良く食べながら、政治に関するあらゆる論議を交わした、というところで終わります。その後、このドゥルセ・デ・レーチェは、広くアルゼンチンの食卓になくてはならないものとして受け入れられました。



アルゼンチン経済の分野別概観